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「………ふむ」

 玄冬は、食卓に置かれた夕食がバランスよく並べられているのを確認した。
 
 そして、いつものように花白の名を呼ぶ。

「おーい花白」

 だが、いくら呼んでも来る気配がないので、不審に思って彼がいるはずの部屋まで様子を見に行くことにした。
 
 声をかけながら中に入ると、花白は本を膝の上に広げたまま気持ち良さそうに眠っていた。

 安堵の息をつくとともに、起こそうかどうしようかと思案しながら、意味もなく寝顔を見ていた。
 
 綺麗に伸びた睫と、白い頬、軽く閉じられた唇。
 
 見つめているうちに興味を覚え、頬をなぞり、唇を撫でてみる。

 触れたせいで、薄く開いた唇の間から温かな吐息が漏れ、玄冬の指に当たった。

 その温もりをじかに感じたくて、花白の唇に自分の唇をそっと重ねてみた。

 今起きられるとまずいと思い、すぐに離れてみるも目を覚ます気配はない。

「…………」

 少し考えた後、更に、唇を吸い舌でくすぐるように撫でてみる。

 それは、吐息と同じように温かく柔らかだった。

 そしてその行為は、まるで、花白の心そのものに触れているようで気持ちが良かったが、ふと夕食のことを思い出した。

 その時、花白が目を覚ました。

「ん………うわっ」

 息がかかるくらいの距離に玄冬がいたので驚いて、思わず後ずさった。

「…な、何」

 何が起きたのかと動揺している花白。

 対して、玄冬は何事もないかのように返す。

「呼びに来た」

「……え?」

 きょとんとしたままの花白の手を引いて立ち上がらせ、もう一度言う。

「夕食ができたから」

「…あ…そうか、僕…」

 そこでやっと自分が寝ていたことに気が付いた。

「ごめん」

「…いや、謝るのは俺のほ……」

「え」

「何でもない」

「??」

「行くぞ」

「あ、うん」

 玄冬について歩き出そうとして、唇が濡れていることに気が付いた。

 足を止め、意味もなく舐めてみた時、そこにかすかな温もりが残っているのを感じた。

 途端、先程の玄冬との距離の近さを思い出し、一気に頬が赤く染まった。

 混乱と羞恥で立っていられなくなり、ずるずると座り込んでしまった。

 そして、玄冬が出て行ってしまった扉を軽く睨んだ。



 何となく、花白の顔が見られなくなった玄冬は、彼が座り込んでしまったことに気付かないまま扉を開けた。

「…………」

 そこに座り込んでいたピンク色の塊―こはなと目が合った。

「…見てたのか?」

 こはなは、聞かれるままに素直にこくんと頷いた。

 玄冬は片手を額に当て、一つ息をついた。

「何してたの?」

「…………」

 黙ったまま、尋ねられた質問に答えずにいると、待ち飽きたのかぱたぱたと向こうへ行ってしまった。

 残された玄冬はどうしたらいいのか分からずに立ち尽くしていた。

 廊下の向こうで、こはなの声が聞こえた。



「ねぇねぇ!」

「何だい、ひよこよ」

「もう! お前じゃないよ」

「ははははは、ひどいなぁ」

 先に食卓についていたこくろに話しかけると、例の如く、黒鷹が話に参加しようとするのでこはなは頬を膨らませた。

 黒鷹は気にも留めず笑っている。

「…2人は?」

 横から短く尋ねられ、改めてこくろの方に向き直り話そうとするが、上手く説明ができず視線を彷徨わせる。

「何かあったのか」

 こはなの様子に困惑し、再度言葉を重ねた。

「う〜んと…」

 尚も考えるように視線を彷徨わせていたが、何か思いついたのか、おもむろにこくろの頬を両手で包みこんだ。

 そのまま、ちゅっと唇を寄せた。

「!」

「こんなことしてたよ」

 そう言って、へへへと笑った。

「ひ…ひよこ……」

 2人のやりとりを何気なく見ていた黒鷹は、一瞬眩暈を覚えた。

 一方、こくろの方は口元に手を当てたまま微動だにしない。

「…いやだった?」

「…………」

 心配そうに自分を覗き込むこはなをじっと見つめながら、驚きが通り過ぎていくのを待った。

 いつまでたっても答えないことに不安を感じたのか、こはなが何か話そうと口を開きかけたところで、思わぬ行動に出た。

「今…鼻、噛んだ…」

「お返しだ」

 こはなは驚きつつも、こくろが怒ってないことを知り、笑顔になった。

「えへへ〜」

 無邪気にこくろに抱きつくこはなを見て、黒鷹は呑気に平和だねぇと呟いた。
 
 が、ふと何か嫌な予感がして、おそるおそる尋ねてみる。

「…ちびっこと玄冬はもしかして…」

「うん。おんなじことしてた」

 それを聞いて脱力せずにはいられなかった。

 …正確には寝込みを襲っていたのだが、そんな違い、こはなに分かるはずもなく…。



 座り込んでいた花白は、徐々に落ち着きを取り戻した。

 平常心に戻ると、忘れていた空腹感を思い出し、とりあえず部屋を出ることにした。

 扉を開けたところで立ち尽くしていた玄冬の背中にぶつかる。

「!」 

 見上げた拍子に目が合い、しばし見つめ合う。

「…花白…」

 玄冬は呟きながら花白の唇を撫で、悪かったと謝った。

「…別にいい。でも…」

「でも?」

「今度は目が覚めてる時にしてほし……っ」

 無意識に言いかけたその言葉に真っ赤になり、慌てて飲み込んだ。

「何…」

 聞き返そうとする言葉に、何でもないと答えるより先に、手首を掴まれ、顎を捕らえられ、唇を塞がれた。

 言葉を紡ぐために息を吸った途端に塞がれたため、あまりの苦しさに花白は喘いだ。

「ん―――!!」

 空いていた片方の手で玄冬の胸を叩き、数秒の後、解放された。

 息を整え玄冬を見ると、きょとんとして花白を見つめていた。

「…………」

 何となく腹立たしかったけれど、嬉しかったのも本当で、けれどもそれを表現するのは難しくて、

 ごまかすように突っ立ったままの玄冬を回れ右させ、強引に背中を押して食堂へ向かった。



「あっ、2人ともおっそ〜い!」

 やっと食卓に現われた花白と玄冬を見て、こはなが声を上げた。

「ごめんごめん」

 その向かいで黒鷹が一言。

「あっちでもちゅー、こっちでもちゅー、か。やれやれ」

 瞬間、真っ赤になった花白の手から鍋敷が放たれ、見事顔面に命中した。

 そして、いつものような騒がしい夕食の時間が始まった。



 …終。