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文化祭の準備が始まり、俄かに慌しくなり始めた十月の終わり。
何となく学校全体が浮き足立っているような、そんな雰囲気。
その中でいつもと変わらず、窓際の一番後ろの席に座って、ぼんやりと空を眺める毎日を過ごす。
時折、雲の流れを見て明日の天気を予想しながら。
俺は集団行動が苦手なので、大抵一人でいる事が多かった。
それでもごくたまに、クラスメートの輪に混じって雑談もした。
ある日の朝、教室に行くと、机の中に一輪の花があった。
それは初めて見る花で、ハイビスカスに似た花径十センチ程の白い花だった。
…綺麗だと思った。
同時に悪戯かもしれない、とも思った。
だが捨てる気にはなれず、とりあえず水を含ませたティッシュで茎を包み、ロッカーに入れた。
家に持ち帰って、硝子コップに活けてみた。
いつもより少し部屋が明るくなったように感じた。
それは、何とも不思議な花だった。
朝は白かったのに、午後に一度見てみると淡いピンクに色付いていて、
帰る頃…夕方には更に赤みを帯び、翌朝には萎んでしまっていた。
次の日の朝も、机の中を覗くと、同じように花が置いてあった。
昨日と同じ、ハイビスカスに似た白い花。
それが三輪に増えた頃、誰がこんな事をするのか知りたいと思い始めた。
三日間とも朝来るとすでに置かれていたので、俺は登校時間を早めて張り込むことにした。
隣の教室に身を潜め、誰が最初に来るかじっと待った。
まもなく廊下の先から、誰かが近づいて来る気配がした。
ほんの少し廊下を擦るような上履きの音と、扉を開く音がして、教室へと入っていく。
俺はそっと教室を出ると廊下に座り込み、僅かに開いた扉の隙間から花の主を盗み見た。
…驚いた。
彼はいつも誰かと一緒にいて、常に楽しそうに笑いクラスの中心的な存在で、
独りを好む俺とは正反対だった。
休み時間の度に会いに来る彼女をよく見かけるような気がするのだが。
それに、数える程しか言葉を交わした記憶がない。
それなのに、一体どういうつもりで花を?
だが…待てよ。
早く来たからと言って、彼が花の主とは限らない。
ただ、部活の朝練のために早く来たという可能性だってある。
そんな事を考えながら、じっと彼の行動を見つめた。
彼は自分の席にスポーツバッグを置くと、中から大切そうに何かを取り出した。
それは、あのハイビスカスに似た白い花だった。
花の主かもしれないという疑惑が、確信に変わった瞬間、ドキリと鼓動が高まったような気がした。
視線の先で、彼は目を閉じ、花にそっと口付けた。
目を開け、花を見て微笑んだ。
いつもの楽しそうな笑顔とは違う、愛おしそうな微笑み。
刹那、目が離せなくなり、縫いとめられたようにその場から動けなくなった。
理由を探るという目的さえ忘れていた。
彼はその花を、慣れた手付きで俺の机の中に入れると、再びスポーツバッグを肩に掛け教室を出て行く。
我に返った俺は慌てて、隠れるために隣の教室へ滑り込む。
足音が遠ざかるのを確認して、ほっと息をついた。
その日も、持って帰った花を硝子コップに活け、机の上に置いてみた。
頬杖をついて、色濃くなりつつある花をじっと見る。
脳裡に浮かぶのは、彼のあの優しい微笑み。
同時に何故、という疑問が頭をよぎっていった。
そのうち夜になり完全に紅色に染まった頃、枕元に置いて眠りについた。
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