目覚めて、枕元の花を見ると、やっぱり萎んでしまっていた。

予想していたとはいえ、少し残念だった。

彼は今日もまた、同じ花をくれるのだろうか?

ふと、あの優しい微笑みをもう一度見たいと思った。

時計を見てまだ間に合うと分かるなり、朝食もそこそこに、急いで学校へ向かった。

息を切らして教室の前まで辿り着いた時、こちらに近づく足音に気付いた。

思った通り、それは彼の足音だった。

…間に合った。

昨日と同じように、隣のクラスに身を潜め、静かに息を整える。

そして、彼の様子を伺う。

昨日と同じように、スポーツバッグから白い花を取り出し口付ける様は、何か神聖な儀式のように思えた。

その後目を開け、無表情だった彼の顔にゆっくりと微笑みが広がる。

………………。

言葉にならない…まさにそんな感じだった。

ただ見入っていた。



授業が始まって、何となく、斜め前に座る彼の横顔を見た。

眠たそうに欠伸を噛み殺しながら、教師の話を聞いている。

彼は俺が見ていることに気付かない。

休み時間も、空を見るふりをしながら、こっそり彼を観察していた。

友人に囲まれて楽しそうに雑談に興じる彼。

その彼の表情の中に、今朝見たような微笑みは欠片も見当たらない。

あれは錯覚だったのだろうか。



それ以来、彼が登校する時間に合わせて家を出るようになった。

毎朝、彼の儀式めいた行動を見るためだけに早く登校した。

毎日貰っているとはいえ、たった一日で捨ててしまうのは勿体なくて、花弁を一つ押し花にしてみた。

花弁を一片千切って、丁寧に雑誌の頁の間に挟み込む。

その上に、もう一冊雑誌を乗せて重し代わりにした。



どうして花をくれるのか知りたいという思いは、日増しに強くなっていく。

けれど尋ねたら、きっとあの微笑みを見ることはできなくなる、そんな気がした。



花が十輪になった頃、雲の流れを見るより、彼の姿を見る方が習慣になった。

次第に、どれくらいの間見つめていれば気付かれるのか、タイミングが分かってきた。

じっと見つめて、気付かれそうになる手前で視線を逃がす。その繰り返し。

だが、この前不覚にも、たった一度だけ目が合ってしまった。

見つめ返す彼の瞳に驚きの色はなかった。



昼休み、図書室で花の名前を調べてみた。

あの白い花の名前は、アオイ科のスイ酔フヨウ芙蓉。

酒に酔うように紅く変化するためそういう名前がつけられたらしい。

思った通りハイビスカスの仲間で、学名はHibiscus Mutabilisとあった。

大きいものになると、花径が二十センチ程になるものも存在するようだ。

説明に添えられた写真を見ても、綺麗な花だと思った。



文化祭の前日、迷路を作るため机を壁代わりに積み上げた。

それでも酔芙蓉を贈るのはやめないらしい。

荷物を置くためロッカーを開けたら、入っていた。

十一輪目だった。




  ** back * index * next **