文化祭当日、窮屈な人ごみから離れるため、屋上に続く階段に腰を下ろした。
ポケットから花を取り出し手の中でくるくると左右に回して弄ぶ。
回りながらゆっくりと変化していく花を見て、ふと彼の事が思い浮かんだ。
軽く目を閉じ、そっと口付けてみた。
酔芙蓉を通してのキスは甘く、酒に酔ったかのように頭の芯がぼうっとした。
途端、身体の奥が熱を持ち始める。
驚いて中心に手をやると、ほんの少し硬くなっているのが分かった。
制服のベルトを緩め、ズボンに手を入れ自身に触れた。
体積を増し始めたそれを、緩急をつけて扱いた。
誰かがここに来るかもしれないという危惧は頭にはなかった。
あったのは、彼のあの優しい微笑みだけ…。
やがて、小さな喘ぎとともに、どろりとした体液が吐き出された。
手の平を、酔芙蓉の花弁のような白い雫が濡らした。
二日目も最終日も同じ行為を繰り返し、達ってしまった。
後始末をした時、何となく切なくなって胸を押さえた。
胸がぎゅうっとなるような、心を掴まれるような気持ち。
それは、まぎれもなく彼の事を好きになってしまった証。
どうしてこんなに心が乱されるのだろう。
文化際が終わって二日が経ち、いつもの日常が戻った。
授業を聞きながら、斜め前の席に座る彼に視線を移す。
彼は退屈そうに、右手で器用にシャーペンを回していた。
知らず、溜息が洩れた。
花を貰い始めて今日で十六日目だった。
その日の帰り道、近所の花屋に立ち寄った。
酔芙蓉をたくさん貰ったお礼がしたいと思ったのだ。
それ程大きくはない店内を歩き回りながら、どれが良いか考える。
その中にある、小さなピンク色の花に目を留めた。
それは五枚の花弁を持ち、その先端が箒のような形になっていた。
土に刺さったプラスチックの札には、『撫子』と書かれていた。
昨日買った撫子の鉢から、一輪だけ取って学校へと急いだ。
いつもの時間より少し遅れてしまったが、彼はまだ来ていなかった。
花に軽くキスをした後、彼の机に置こうと手を伸ばしかけた。
その時、がらりと教室の扉が開く音がして、彼が入って来た。
彼は少し驚いたような顔をした後、俺が手にしている撫子を指して、唐突に言う。
「それ、くれるんだ?」
「え…あ、ああ」
歯切れ悪く答える俺に、彼は近づきスポーツバッグから見慣れた花を取り出す。
「交換」
笑って差し出された酔芙蓉を受け取り、代わりに撫子を手渡す。
彼は撫子の匂いを嗅ぎながら、上目遣いに口を開く。
「誕生日おめでとう」
一瞬、言われた言葉が理解できず、戸惑う。
「あれ? もしかして忘れてた?」
くすくすと笑う彼。
そういえば、今日で酔芙蓉の数は十七輪になる。
毎日貰う花に気を取られて、自分の誕生日などすっかり忘れていた。
「酔芙蓉の花言葉って何か知ってる?」
首を振って分からないと答える俺に、
「…しとやかな恋人、だよ」
そう言った。
混乱する俺に、彼はゆっくりと手を伸ばし抱き寄せた。
突然、彼の匂いに包まれて戸惑う俺の耳に優しく注がれる声。
「ね、恋人になってよ」
「彼女は…」
「彼女? そんなのいないよ」
「え、でも、いつも一緒にいたあの子は…」
「ああ。あれは…ただの幼馴染」
そして吐息とともに、好きだと囁かれ、耳朶を舐められた。
ぞくりとした感触に、体温が上がったような感覚に襲われる。
「嫌?」
少し身体を離し、背中に両手を回したまま顔を覗き込まれた。
「…嫌じゃない…俺も好きだから…」
消え入りそうな声で答えた後、やっぱりと言われた。
「どうし…」
聞こうとした瞬間、唇を塞がれた。
触れるだけのそれは、花のように甘いキスだった。
「撫子の花言葉は思慕、だからね」
どうやら彼には、花を交換した時に気付かれてしまっていたらしい。
撫子を買ったのは偶然だったのだが、もしかしたら無意識に選んでいたのかもしれない。
後日。
お互いに下の名前で呼び合うようになった頃、何となく聞いてみた。
「何で、あの花をくれたんだ?」
「空を見上げる横顔が白い酔芙蓉に似て綺麗だったから、かな」
彼はそう言って笑った。
あの、愛おしいものを見るような優しい微笑みで…。
…End。
花言葉に託した恋文、なんてロマンチックかな〜と思って書いてみた。
因みに、酔芙蓉は十一月十日の誕生花…なんですが、主人公の誕生日はその近辺ということで。
彼が話した通り、誕生花で選んだわけではないので…。
しかし、花に対して花で返すなんて…。しかも男同士。
ありえないからこそ萌え(笑)
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