家に帰り着いてから、告白の言葉が耳に蘇り何も考えられなかった。日が落ちかけているのにも気付かず、暗い部屋の隅で佇んでいた。
 日が完全に落ちた頃、彩佳が帰宅し玄関の扉を開いた。

「…うわっ、帰ってるなら電気くらいつけなよ」

 中に入るなり真っ暗なリビングの隅に、ぼーっと座っている彼を見つけて驚いた。

「あ…お帰り」

 姿を認め、心ここにあらずといった感じで言った。

「…ただいま。何かあったの?」

「……実は……告白されて…」

 言いにくそうに、困った顔をして小さく切り出した。

「で、彼女が出来た?」

 乙は首を横に振って答えた。

「どうしていいか分からなくて、返事もしてない」

「初めてだったんだ?」

「うん…どうしたらいいと思う?」

「それは自分で考えなきゃ」

 彩佳の素っ気ない答えに彼は、恨みがましい目を向けた。その視線を受けて仕方ないというように、一つ溜息をつくと言葉を足した。

「乙がその子に少しでも好意を持ってるなら、付き合ってみたら? 続けるかはそれから考えればいいと思うけど」

「…うん」



 翌日、学校にいる間中落ち着かなくてそわそわしていた。そうして放課後が訪れた時、乙は思い切って声を掛けた。

「…折部、今日いいか? 話したいことがあるんだ」

「いいけど」

 昨日と同じように二人並んで校舎の玄関口まで来た。
ここまで来るのに、あまりにも乙が真剣な表情をしていたので彼女は怪訝な顔をした。

「…どうしたの?」

「…昨日あれから考えたんだけど」

「告白のこと?」

「うん」

「気にしなくていいって言ったでしょ」

「そうはいかない。だから…」

「だから?」

「もっとお互いを知る為に、まずつき合ってみよう」

「何それ。お試し期間ってやつ?」

「うん。ちゃんとした答えは、その後に出すよ」

「………」

「…だめか?」

「いいよ。私は緋和のそういう所が好きなんだから」

 満面の笑顔で言う彼女に対し、不意打ちのような再度告白に彼は真っ赤になった。

「あ、照れてる」

「…折部……」

 額に手を当て、気持ちを落ち着けようと軽く息をつく。

「…乙、名前で呼んで」

「え?」

「私のこと、那緒って呼んでほしい」

「あ……」

 少し考えるように俯いて、そして顔を上げると微笑んで彼女を見た。

「那緒、これからよろしくな」

「こちらこそ」



 二人はその日からつき合い始めた。友達の関係から少し前進したものの、お互いの態度は変わることはなかった。
 そして、ちょうど一週間が経った頃…。

「最近何かあったの?」

「どうして?」

「日曜になるとよく出掛けるから。もしかして、例の子とつき合い始めた?」

「ああ。まだお試し期間だけど…」

「で、どう? 楽しい?」

「楽しいよ」

「そう、良かった」

 乙が笑って答えると、彩佳は安心するように笑った。



 日が沈みかけた頃、乙は那緒とのデートから帰ってきた。

「ただいま」

 家の扉を開けるなりピアノの旋律を耳にする。彼がとても好きな音。
それは別段めずらしいことではなかったが、今は音に合わせて彩佳の声も聴こえる。
 初めて聴く、深く伸びやかな詩声に戸惑いながら近づいた。

「……それは祈り…僕だけの人に逢いたいという願い。
遠い未来で貴方と二人、生きてみたい。いつか…貴方の生きる意味になりたい」

 声を掛けることすら躊躇われて、乙はただ部屋の前で座り込んだ。彩佳の持つ優しい声音に静かに目を閉じた。
 しばらくして、自分が眠っていたことに気が付いてはっと目を覚ました。
いつの間にか曲は終わっていて、見上げると彩佳が上から顔を覗き込んでいた。

「こんな所で寝てると風邪ひくよ?」

「………」

 乙は黙って、何か言いた気な視線を向けた。

「何?」

「あ…今弾いてた曲って……」

「気に入った?」

 その言葉に黙って頷いた。

「じゃあ、乙にあげるよ」

「え?」

 言って一度部屋の中に引っ込むと、箱のようなものを乙の手に乗せた。

「はい。少し早いけど、誕生日プレゼント。その中にはね、僕がさっき弾いていた曲が入ってるんだよ」

「初めて聴く曲だったけど…」

「オリジナルだからね。曲名は『永遠』(とわ)っていうんだ」

「…永遠……」

 受け取った手の中のものを見て小さく呟いた。それは、掌サイズの赤い手巻きのオルゴールだった。

「その曲にはね、乙が本当に大切だと思える人に逢えますようにって願いを込めたから、大事にしてほしい」

「…ありがとう。大事にする」

 そう言って大切そうに、オルゴールを抱きしめた。





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